大阪市の人工島・夢洲(ゆめしま)でカジノを含む統合型リゾート(IR)の開業準備を進めている大阪IR株式会社は、違約金なしで事業から撤退できる「解除権」を放棄する方針であることを、7日の日経新聞が報じた。翌7日には各紙が後を追い、「日本初のIRが2030年秋にも開業することがほぼ確実」だと報じました。

これには驚きました。IR事業者が「解除権」を放棄するとは予想もしていませんでした。これについて解説しましょう。

日本MGMリゾーツ(米国MGMリゾーツ・インターナショナルの完全子会社)とオリックスが中核株主を務めるSPC・大阪IR株式会社の区域整備計画は、2023年4月に国土交通省に認定されました。その後の9月には、開業までのスケジュールなどを具体化した実施協定が認可されました。

国からは「IRをつくってよい」との許可を得た一方で、大阪府と大阪IR株式会社との間で締結している実施協定書(正式名称は「大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域整備等 実施協定書」)の中には、「大阪IR株式会社は事業の前提となるいくつかの条件が整っていないと判断した場合には、違約金なしで契約を解除できる」旨の取り決めが盛り込まれていました。要するに、大阪・夢洲でのIR開業は、事業者側(=実質的にMGMを指す)が決められる状態にあるのです。

この解除権は、2022年に締結された基本協定にすでに盛り込まれていたものですが、2023年の上記協定によって契約を解除できる期限が2026年9月末へと延期されたのです。

日本は魅力的な投資先なのか?

〔画像=MGMインターナショナルが進めるドバイでのプロジェクトThe Island by Wasl〕

「せっかく手に入れた事業の認可を手放すなんてことがあるのか?」と思うかもしれませんが、投資ですから、他に魅力的な案件があればそちらを優先するのが当然です。
例えば、カジノ業界が注目している新たな市場の一つにUAE(アラブ首長国連邦)があります。すでに商業ゲーミング活動および施設の規制・ライセンス付与・監督のための独立行政機関GCGRA(General Commercial Gaming Regulatory Authority)が設立され、カジノ合法化の可能性が極めて高まっています。初代長官に任命されたのは、MGMリゾーツ・インターナショナルの元CEOであるジム・ムーレン(Jim Murren)氏です。

MGMリゾーツ・インターナショナルのビル・ホーンバックル(William Hornbuckle)CEOは、2023年のG2Eにおいてドバイでの新しいプロジェクト「The Island by Wasl」に言及しています。これは3つのホテルブランドで構成される客室1400室のリゾートプロジェクトで、当然ながらUAEのカジノ合法化を見据えたものです。

〔画像=MGM Empire City Exterior Rendering〕

さらに同社は、ニューヨーク州が計画している新たなカジノライセンスの取得を目指しています。ライセンス獲得を前提として、既存カジノ施設「Empire City Casino」を拡張し、本格的なコマーシャル・カジノをはじめとする各種の施設を備えた大規模施設にする計画を、2023年12月に発表しています。

限りある資金をどこに投資することが効率的なのかを判断する際に、日本からの撤退という選択はじゅうぶんにあり得るのです。撤退に際しての違約金がないのですから。

では、どのような場合にIR事業者は府との契約を解除、すなわち違約金なしで撤退できるのか。

契約解除はIR事業者の判断次第

2026年9月末日までの間に、下記に関する条件のうち、いずれかが成就していないと判断する場合です。

  • 税務上の取扱い
  • カジノ管理委員会規則
  • 資金調達
  • 開発
  • 新型コロナウイルス感染症
  • 財務
  • 重大な悪影響

上記のうち3点については末尾に詳しく記します。

大きな問題の一つが「開発」で、周知のとおり、夢洲は地盤が弱い。
夢洲の軟弱地盤の状況が当初の想定以上に悪いことは、2021年に実施された事業者が行ったボーリング調査によって明らかになっていました。万博会場も同様の問題を抱えますが、半年間の期間限定で開催されるイベントと、事業期間35年間のIRでは液状化による影響の深刻さの度合いが異なります。この液状化対策工事は、土地を所有する大阪市の負担(現状、公表されている額は255億円)で昨年末に始まっています。
地盤の弱さに加えて、地中ではメタンガスが発生していることが明らかになっています。万博会場工事現場では3月以降、爆発事故が数件発生しています。隣地であるIR予定地でも同様にメタンガスが発生していても不思議ではありません。

地盤の弱さや可燃ガス発生は、「危険なイメージによって集客に著しい悪影響がある」など、撤退の理由になり得えます。


報道によれば、事業者が「この状況はまずい」と判断したときの切り札である「解除権」を、2026年9月末の期限を待たずに放棄するとのこと。無条件での放棄は、株主に何のメリットもないですから、考えにくいです。いったいどんな取引がなされたのでしょう。

text Tsuyoshi Tanaka

-補足説明-

税務上の取り扱いに関する条件

 設置運営事業に関する所得税、消費税及び法人税等の税務上の取扱いについて、設置運営事業予定者が提案書類作成時点において仮定した前提条件よりも不利にならないこと、かつ、令和3年度国土交通省税制改正概要の内容と全ての点において一致していることが合理的に見込まれること。

カジノ管理委員会規則に関する条件

 カジノ管理委員会が定めるカジノ管理委員会規則が制定され、かつ、制定された内容が設置運営事業の運営に著しい悪影響を与えるもの、又は、カジノ免許の取得の可否を予測することが困難であるものとなっていないこと。

開発に関する条件

 設置運営事業の開発に関して、次の①乃至③の条件の全てを充足すること。

  1. 設置運営事業の実現、運営、投資リターンに著しい悪影響を与える本件土地又はその土壌に関する事象(地盤沈下、液状化、土壌汚染、残土・汚泥処分等の地盤条件に係る事象を含むがこれらに限らない。)が生じていないこと、又は、生じるおそれがないこと、かつ、当該事象の存在が判明した場合には、本件土地の所有者は、当該事象による悪影響の発生の防止を確実とするよう SPC と協力し、一定の適切な措置を講じること(かかる適切な措置には、本件土地の所有者による関係する合理的な対策の費用の負担も含むものとする(但し、SPC が作成した設置運営事業に係る事業計画において SPC の負担として計画している工事費等は除く。)。)。
  2. 公共インフラ整備等による本件工事に対する制限が、設置運営事業の投資リターンに著しい悪影響を与えるおそれがないこと。
  3. 上記 1. 及び 2. を含む予見不可能な事象の発生やインフレ等の影響により本件 IR 施設の全部開業までに要する総費用が 1.27 兆円から増加することが見込まれないこと。